2016年08月


イメージ 1

近鉄大阪線で、平日土日休日ともに運転される大阪上本町行き急行第722列車。


平日ダイヤでは、青山町を最後に出庫する運用となっています。

青山町7時36分発で、始発を除くと終点まで逃げ切る数少ない急行です。



一方の土日休日。

になると、かなり変化します。



イメージ 2

土日休日の722列車は、名古屋発の535列車から流れてきます。

535列車は伊勢中川行きで、終点の伊勢中川からスイッチバックし、722列車と
番号を変えて運用を継続します。



7時16分に伊勢中川を出発します。

途中、名張・榛原の2駅で後続の特急を待ちます。

名張では前に2両連結します。





イメージ 3

伊賀鉄道では、朝の時間帯の一部列車で、全ての駅で各車両前後の扉を開放しますが、

中間の扉の開放については、運転士個々の判断にゆだねられる場合が多いです。

*あくまで伊賀神戸~上野市の話です。


そのため、上野市終点に到着して中間扉が開かなかったときは、
少し落胆する学生の姿も見られます。




イメージ 4

一方夜の時間帯、

こちらは伊賀上野・上野市・茅町・伊賀神戸の4駅を除き、
先頭車両の前扉に限り開きます。

しかし、学生の帰宅時間にあたると、稀に桑町でも各車両の前後扉が開きます。

更に、混雑具合によっては、終点まで各車両の前後扉が開くなんて言うパターンも。

特に1873列車と、1971列車については、

部活帰りの学生が集中することもあり、この傾向が強いものと思われます。


イメージ 5

ここ最近のダイヤ改正で、L/C固定の584列車と524列車が大和八木で並ぶようになりました。


同じような風景はほかにも見られ、


伊賀神戸においては夕方に

1820列車と9821列車が。


VX同士の並びまでいると、640列車と526列車の並びが見れます。






それでは。



ここ最近、車両の動きば最も激しい阪急電鉄では、また新たにいくつかニュースが
出来ているので、紹介します。

イメージ 1

まず1件目は、3329Fの休車です。

ここ最近運用に出ておらず、気が付いてみれば休車札がついていたとか。

どうやら機器類に不具合が出ているようで、その修理とみられます。


更新されている編成ですので、編成の廃車はまずないでしょう。


イメージ 2

2件目は、3326Fの復帰です。


イメージ 3

長期間、正雀の奥のほうに留置されていた当編成ですが、

先日運用に復帰しているのが確認されました。


復帰はほぼ半年ぶりとなります。


イメージ 4

1000系については、1009Fが正雀から平井へ回送されたとのこと。


9004Fの神戸本線復帰がほぼ確実視されています。


イメージ 5

一方で、5008Fが6両短縮を受けることなく正雀を出場。

今津本線への転属の動きが相次ぐ中、うれしい知らせとなりました。



一方で、今までの記事以上に深刻なものがあります。

イメージ 6

アルミ車体の6000Fが、正雀へ回送されたことです。


過去に、6600号車が更新不能として廃車された経緯もあり、
今後が心配です。




それでは。





とある用事で江戸橋駅に立ち寄ったので、今回はそこの駅探訪を進めます。

江戸橋駅は、近鉄名古屋線の前身となる伊勢鉄道線の中間駅として、

1917年1月1日に開業した駅です。


1926年に伊勢電気鉄道の駅に、1938年には参宮急行電鉄の駅に、
そして大合併のあった1941年に関西急行鉄道の駅、

近鉄の駅になったのは1944年の話です。


なお、開業当初は駅が現在地より南に100mの地点にあり、
開業当初は棒線駅だったとか。


現在地に移動したのは1959年の改軌直前の6月の話です。


現在は、三重大学への最寄り駅(バス路線なら津駅)となっており、

学生の利用が非常に多い駅です。


それではまいりましょう。


イメージ 1

駅舎

かなりこじんまりとしています。


イメージ 2

自動改札機の設置時期はかなり遅く、2006年です。


イメージ 3

駅舎の中の様子。


イメージ 4


ホームへの移動は構内踏切となっています。

イメージ 5

移動にはスロープを使います。

イメージ 6

駅構造は、2面4線となっており、伊勢中川方面からくる普通列車や急行は、
最短でも江戸橋までは先着となります。

イメージ 7

数年前までは、反転フラップ表示器が設置されていましたが、

現在はLCD表示器が取り付けられています。


名古屋線ではこのほか、

津新町、塩浜、川原町、富田、桑名、弥冨、富吉、蟹江、近鉄名古屋などに
取り付けられています。



イメージ 8

あ、言い忘れていましたが、駅番号はE38となっています。


イメージ 9

そして、1番線の更に向こうにある枕木。

何かの側線ではないかと思いましたが、

調査しているうちに1961年まで営業していた伊勢線の線路跡ではないかと
現在思っております。


恐らく、先ほどの改札からホームへの移動通路付近を伊勢線が縦断していたのではないかと思われます。





さてと、締めたいと思いますが・・・・

おまけをつけちゃいます!!



実はこの帰り、津新町駅の3番線のレポも少しだけやってきたので、

それもお送りしちゃいます。

イメージ 10

この列車で移動します。(四日市始発の1541レ)


イメージ 11

ホームは6両分あります。

なお、ここから出発する列車は3番乗り場前にある立て看板に表示されたものと
なっています。

イメージ 12

駅名標も行き止まり仕様。

イメージ 13

ちなみに、
1541レは折り返し16時12分発の名古屋行き1660レとして折り返していきました。



これで以上です。



また撮影記進めないと…


では!






イメージ 1

少し前にも扱った、近鉄大阪線の伊勢中川始発名張行き急行。



津方面からの学生の帰宅を目的として、

16時台と18時台にそれぞれ1本ずつ運転されています。


列車番号はそれぞれ1622及び1822です。


イメージ 3

1822列車についてはVX編成の固定となっています(当日の584or625列車で判明します)。



イメージ 2

青山町における停車駅案内です。

優等列車を名乗っている所以なのか、各駅停車の旨を表記せず。


*伊賀神戸では各駅停車の表記あり。





そんな両列車ですが、

通学目的で運転されているにもかかわらず、実態としては送り込み運用です。


イメージ 4


まずこちらをご覧ください。

平日ダイヤの4722列車のスタフですが、名張の欄に連結+4両の表記があると思います。


この+4両のところに、

イメージ 5

1622列車の筋が当たってきます。

イメージ 7

なおこれは蛇足かつ推測ですが、これの1本前に青山町16時55分発の名張行き4690列車が設定されています。

もしかしたら、この4690列車も4722列車の送り込みではないかと考えています。

イメージ 8

*4690列車の前筋は、1425列車となっています。

この筋はトイレなしの編成で運用されます。


また、4722列車とその次の筋の4827列車含め、トイレ付きで運用される列車において、特別の事情がない限りは編成中にトイレがついているのは1つだけです。

そのことから、4690列車も4722列車の送り込みでは?

との推測をしています。



イメージ 6

一方1822列車は、

名張19時27分発の大阪上本町行き急行1922列車に番号を振り替え、そのまま運転を継続します。

こちらについては特に何か変わった特徴というのはありません。


イメージ 9

なお、584列車及び625列車の運用についている編成は、
翌日八木始発の640列車準急への充当がほぼ確実となります。

そして721~921の順につながります。




次回は、伊賀鉄道の隠れた運用事情についてみていきます。



では!





スルッと関西で今年の夏も暴れたわけですが、地元でも暴れましたwwww


伊賀神戸は結構撮影地としても使える場所なので、

ちょっくら撮影していくうちに、のめり込むという。



今回は、その辺のネタをさらけ出しますかね。


それではどうぞ。

イメージ 1

7月19日の分。

乗車はすでに2回しているW42。

本格記録は初めてですた。



イメージ 2


イメージ 3


この日一番のネタはこいつでした。



イメージ 4

続いて8月7日です。


イメージ 5

この日はめぼしいネタは非常に少なかったものの、AT56を被写体に収めました。



イメージ 6

8月16日は部活帰りに撮影。


イメージ 7



イメージ 8


イメージ 9




イメージ 10

そして19日。

この日は団臨が設定されており、つどいがやってきました。


なお、ネタはこれだけでした。



以上で、地元鉄の成果発表を終わりますwww


では!






和歌山電鐵2270系は、1995年の南海時代から活躍し、

2006年に南海から譲渡された和歌山電鐵の主力車両で、副電圧対応となっています。

今回は、2270系を少し観察してみました。


イメージ 1

今回観察するのは、基本右側の2272Fです。


種別灯は南海においても採用されているものと同じです。

貫通扉は改造時に埋められました。


イメージ 2

車内の様子。

一部編成は、車内にかなり手を加えられていますが、南海時代のまま使用している
編成は、車内もそのままとなっています。

イメージ 3

台車は、住友金属のFS-17Aを使用。


イメージ 4

制御装置は、

東洋電機ACD-10抵抗制御で、発電ブレーキに対応しています。

*ここでは回生機能は切られているかもしれませんが、確認していません。



イメージ 5


イメージ 6

車体側面は、「NANKAI」のロゴを消され、和歌山電鐵の社章を付けられた以外は
何も変化なし。


イメージ 7



今回は、これで終わりです。

車両観察ですが、もしできたらまたやりますw


それでは。



今回は、和歌山電鐵貴志川線の貴志駅の駅の様子をお送りします。

貴志駅は、和歌山県紀の川市にある貴志川線の終着駅で、無人駅です。

かの有名なねこ駅長「たま」が勤めていた駅で、現在は、元伊太祁曽駅駅長の
「二タマ」が職務を引き継いでいます。



そんな貴志駅は1933年、和歌山鉄道の駅として開業しました。

2010年までは、開業当初からの駅舎を使用していましたが、現在は、
喫茶店及び個人経営の商店が併設された、新しい駅舎が使用されています。



なお、主も2014年に一度訪れており、今回が2度目の訪問となります。

それではどうぞ。


イメージ 1

表玄関口

正面玄関も「たま」をイメージしたとか。

イメージ 2

駅舎を通らないほう。

こちらにも入り口が設置されており、和歌山方面への乗車口へは、こちらが近道となります。

イメージ 3


駅舎内部のカフェ。

この日は、平日だったのにも関わらず、かなりの観光客(特に中国系)がここを訪れており、

内部の撮影にも一苦労。


イメージ 4

一方、この日の二タマ駅長は、

部屋の下のほうで何かをしていたよう。

イメージ 5


貴志駅は、保線基地ともなっており、保線車両はここ常駐。

更に夜間滞泊も設定しており、最終電車の到着は24時を回ります。



イメージ 6


駅構内の詳しい撮影はできませんでしたが、

ある程度、内部の様子はうかがえたのではないかと思います。


次回は、主が今まで未踏破だった路線の駅を紹介します。


それでは。







津方面に中々足を延ばすことがない主ですが、今回、私用で訪れた帰りに、
この駅を少し散策しました。


東青山駅は、1930年に、
参宮急行電鉄が阿保(現在の青山町)と佐田(現在の榊原温泉口)の区間を
開業させたときに、同時に設置されました。


イメージ 1

駅前は非常に静かです。

イメージ 2

なお、隠れて見えませんが、この反対側には四季のさとという公園施設が、
*撮影しておくべきでしたね・・・・。


さらに、自販機が2台ほど設置されています。

四季のさとには、売店も併設されています。


イメージ 3

駅舎の中です。

雑誌や、公衆電話が設置されています。

公衆電話とICカードの入出場機器しかない西青山と比べると、
月とスッポンの差です。

イメージ 4

複線化された1975年に現在地に移動し、2002年までは駅員がいました。


無人化された現在では、自動改札の設置はないものの、自動券売機の設置があります。


イメージ 5

ホームへは、地下道を経由します。

イメージ 6


なお、ホームへは階段のみで移動可能です。

車いすを利用する場合、


大阪方面は二つ先の伊賀上津、

伊勢方面は二つ先の大三からの乗車となります。


イメージ 7

さすがに、輸送上の拠点となっている列車扱係が、車いすの補助をしていると、
後々の列車への影響も考えられます。


イメージ 8


ホームは、2面4線で、外側の2本が待避線となっています。



以前は、こんな寂れた駅に快速急行が停車していたのですから、驚きです。

イメージ 9

現在、大三~川合高岡の列車本数の補完の都合上、昼間限定で
伊勢中川~東青山の系統が存在します。


過去には、早朝、深夜時間帯にも一部設定されていましたが、

2012年の快速急行の停車駅の変更以後、それらは青山町まで運用。

急行の運転する時間帯のみの設定となりました。

*夜間は設定がありません。





現在では、西青山に代わり、近鉄の大動脈を支える存在の一つとなった東青山駅。

四季のさとへ訪れるついでに、訪ねてみてください。


それでは。




今回は、伊太祁曽駅の様子を撮影したものを掲載します。

その前に。

伊太祈曽駅は、山東軽便鉄道の山東駅として1916年に開業し、1933年に伊太祁曽駅という名称。

現在の伊太祈曽駅

となったのは、2006年の話です。


付近には、伊太祁曽神社がありますが、そちらの読みは「いたきそ」

駅の読みは「いだきそ」となっています。


現在は、和歌山電鉄の本社を兼ねており、
駅の規模は和歌山電鉄の中でも最大となっています。

それでは行ってまいりましょう。


イメージ 1

駅舎の様子

以前、現在貴志駅(ここも駅探訪でまとめる予定です。)の駅長となっている二タマが、ここの駅長を務めていたこともあります。

その時の駅長室がまだ展示されているからか、
ここを訪れる外国人観光客の姿が多いです。

イメージ 2


イメージ 3

改札口です。

ここでの出札は行っておらず、運賃の収受は車両のほうで行います。


イメージ 4

出発案内もついており、LCD表示が。


イメージ 5

駅構内へは、構内踏切を使用します。

イメージ 6


ホームは島式の1面2線となっています。

スロープの設置はなく、手すりのみです。


イメージ 7

駅看板も、古いものがそのまま残っている模様。

イメージ 8

駅構内は、和歌山電鐵の車庫機能も有し、検査機能もすべてここ持ちです。


和歌山電鉄のすべてが詰まった伊太祈曽駅。

ぜひ訪れてみてはいかかでしょう?


次回は、貴志駅からお送りします。


それでは。





一昨日、私用で津のほうへ行ったのですが、かなりのネタが集まりましたwww

まず往路

イメージ 1

FC92に乗車。

イメージ 2

ちなみにこの時の組成もかなりのもので、

H26+FC92の組成となっていましたwwww


イメージ 3

復路ではいきなりRC03に遭遇。

発車間際だったため、車内の撮影はできなかったものの、

イメージ 4


座席がこんな感じになっていました。


イメージ 5

さらに、夕方の津新町行きの初便に乗車。

イメージ 6

3番乗り場に停車中の様子もきっちりとwww


イメージ 7

伊勢中川まではこれまた希少な2444系。


イメージ 8

伊勢中川ではH27(一昨日はVX08と組成)を初記録。

イメージ 9

東青山行きと、

イメージ 10

名張行き急行を乗り継いで帰りました。



それでは。





↑このページのトップヘ